【感想レビュー】「ファイト・クラブ」90年代のカルトな名作

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ファイト・クラブ [Blu-ray]

「ファイト・クラブ」は1999年のアメリカ映画です。

デヴィッド・フィンチャーと、ブラット・ピットのセブンに続くコンビ第2弾。

「僕」が裕福ながらも抑圧された生活の中で出会った「タイラー」と始めたファイト・クラブが暴走し、自分自身でも止められなくなって行くさまを描いています。

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「ファイト・クラブ」のスタッフ・キャスト

監督
デヴィッド・フィンチャー
脚本
ジム・ウールス
原作
チャック・パラニューク
出演者
エドワード・ノートン
ブラッド・ピット
ヘレナ・ボナム=カーター
ミート・ローフ
ジャレッド・レト

「ファイト・クラブ」のあらすじ

「僕」は社会的には成功を収めながらも、日々をどこか空虚な気持ちで過ごしていた。心の中に問題を抱え、不眠症に悩む「僕」は自分より不幸な者たち、末期ガン患者や結核患者などの自助グループに患者のふりをして通うようになり不眠症は一時的に改善するが、どのグループにも自分と同じようにニセ患者として通う女(マーラ・シンガー)のせいでまた不眠症は悪化してしまう。

そんな時に「僕」はタイラー・ダーデンと名乗る謎の男と知り合う。彼は「僕」とは正反対の性格の男だった。

ふとしたことから「力いっぱい俺を殴ってくれ」と頼まれた「僕」とタイラーが駐車場で殴り合いを始めると、そこには多くの見物人が集まってくる。タイラーは場所を地下室に移し彼らとともにファイト・クラブという集まりを結成。

「ファイト・クラブ  ルールその1、ファイト・クラブのことを決して口外するな」

ファイト・クラブには多くの男たちが集まるようになるが、やがてそのクラブは「僕」の知らない間にいつしか恐るべきテロ計画へと暴走していく……。

感想・レビュー

この映画において主人公の名前は出てきません。主人公=タイラー・ダーデンではなく、タイラー・ダーデンはあくまで主人公の理想の自己を投影した姿にすぎません。

しかし、その姿は『僕』とは正反対。物には執着せず、自由に我が道を行く。圧倒的なマッチョイズムと共に。

しかしながらタイラーの専制的なふるまいに対して『僕』の戸惑いは大きくなっていきます。さらにタイラーの進める『メイヘム計画』の実態はテロではないのか?という疑いとタイラーへの反感がおさえきれなくなります。

そのなかで『僕』の名前がないのは現実の私たちのような、一般の不特定多数の人たちを指しているのが理由ではないでしょうか?

対局のその人自体に価値のあるような生き方(ブランディング)をある意味で実現しているのがタイラー・ダーデンではないでしょうか。だからこそ、彼は名前を与えられている。

暴力というキーワードはこの映画においては避けてとおれませんが、90年代の『時計仕掛けのオレンジ』ともいえるのではないてしょうか?

『時計仕掛けのオレンジ』では少年が暴力とセックスに明け暮れ、無理やり暴力を嫌悪させようとするが、本能としての暴力を否定しきれない、という内容でした。

『ファイト・クラブ』でも、最後は命を懸けてまでテロを止めようとしたのにビルは崩壊していく。。

共に暴力を否定しきれない、暴力のあり方を皮肉した作品ではないでしょうか?

「ファイト・クラブ」の名言・名セリフ

「思うに『完璧』なんかよくない。『完璧』を目指すのはよせ。それよりも進化しよう、どんな結果になろうとも」

「いつか必ず死ぬって事を恐れず心にたたき込め!すべてを失って真の自由を得る」

ブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンのセリフです。
物には執着せず、自由に我が道を行く。圧倒的なマッチョイズム。そして片方では一面の真理を突いている、そんな名言だと思います。

「俺たちはテレビで育てられ、いつの日か大金持ちか、映画スターか、ロックスターになると信じ込まされてきた。だが、そうはなれない。おれたちは少しずつ真実を学んでいる。俺たちはうんざりしてる」

「痛みを感じろ。苦しみと犠牲が尊いんだ。痛みから逃げるな。人生最高の瞬間を味わえ」

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