【レビュー】「オリエント急行殺人事件」名作を今映画化する意味は何か?

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アガサ・クリスティの名作をリドリー・スコットプロデュース、ケネス・プラナー監督で映画化した本作。
これほど有名な物語を現代に蘇らせる意図とは何だったのでしょうか?

とはいっても僕はこのストーリー、オチしか知らなかったけどね!(笑)
というわけで会社終わってキャナルの映画館へ急いで向かいました(笑)。
実はレイトショーで映画観たの初めてかもしれない。。

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「オリエント急行殺人事件」の予告編

ジョニー・デップ、ジュディ・ヂンチ、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー。。キャスト豪華。

「オリエント急行殺人事件」のスタッフ・キャスト

監督
ケネス・ブラナー

脚本
マイケル・グリーン

原作
アガサ・クリスティ
『オリエント急行の殺人』

製作

リドリー・スコット
マーク・ゴードン
サイモン・キンバーグ
ケネス・ブラナー
ジュディ・ホフランド
マイケル・シェイファー

出演者
ケネス・ブラナー
ペネロペ・クルス
ウィレム・デフォー
ジュディ・デンチ
ジョニー・デップ
ジョシュ・ギャッド
デレク・ジャコビ
レスリー・オドム・Jr(英語版)
ミシェル・ファイファー
デイジー・リドリー

「オリエント急行殺人事件」のあらすじ

エルサレムで事件を解決した私立探偵のエルキュール・ポワロが乗車していたオリエント急行の車内で殺人事件が発生する。被害者はその前日にポワロに身辺警護を依頼してきた大富豪、エドワード・ラチェットであった。ラチェットは12カ所を刺されて死亡していた。ポワロが聞き込み調査を実施したところ、乗客乗員の全員にアリバイがあったことが判明する。

事件の捜査は暗礁に乗り上げたかと思われたが、ポワロは天性の直観と丹念な推理で事件の真相を暴き出していく。しかし、衝撃の真相を前にしてポワロは懊悩することになる。真実を優先すべきなのか、それとも、正義を優先すべきなのかと。やがて、彼はある決断を下すことになる。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E6%80%A5%E8%A1%8C%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(2017%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)

オリエント急行殺人事件 (2017年の映画) – Wikipedia

感想・レビュー

やはり画が美しい。

イスタンブールからロンドンへ向かうそのオリエント急行のその発車のシーン。

トルコの美しい町並みを軽やかに駆け抜けて朝焼けのなかを進んでゆくシーンの美しさに思わず息を呑みます。
それは未来を感じさせる風景なのですが、途中から雪崩によって電車は脱線。やがて起きる事件とともに天候も崩れていきます。

というように全体にベタな感じの作風。ただ、目立ったのはショット。事件の際は頭上から登場人物を見下ろす構図になるのです。

殺された遺体や登場人物の顔を移すことによる役の感情にフォーカスさせず、ただ出来事を客観的に映し出しています。

これによって観客は事件の概要を冷静に捉えられるのと、なかなか映らない被害状況へ関心を高められることとなります。

やっぱジョニー・デップでしょ!

そんな今作の被害者役はジョニー・デップ。

いんちきな美術商ラチェットを演じています。ラチェットは原作では60代の老人ですが、ジョニー・デップの演技は「原作より若いラチェット」に説得力を持たせることに成功しています。
同じような役柄でコメディに振りきったのがチャーリー・モルデカイでした。
残念ながらモルデカイは失敗の烙印を押されますが、今作は写実的でジョニーの私生活でのスキャンダラスぶりも「芸の肥やし」かと思わせる存在感なのでした。

やはり役の幅が広いのもジョニー・デップの魅力のひとつ。『ネバーランド 』で見せた、まるでなかに子供が住まっているような純粋な大人の役柄や、『シークレット・ウインドウ』や『スウィーニー・トッド』でみせる悪の顔、『パブリック・エネミー』でのアンチヒーローぶりなど、その役の種類、幅を言わせると枚挙に暇がありません。


なぜオリエント急行なのか

オリエント急行殺人事件の原作小説がアガサ・クリスティによって書かれたのは1934年。奴隷制度はなくなってはいても、有色人種に対する表立った差別はまだなくなってはいない時代。

例えば黒人医師はこの時代では珍しく、また彼の口からも黒人が進学するということがいかに大変なことなのかが語られています。

加えて今作ではレイシズム(差別主義)が半ばば公然と横行しています。

人権意識がまだ成熟していなかった時代のせいとも見れますが、僕はこれを現代の今の状況にも通じる写し鏡とみています。

トランプ政権や、例えば今の日本でも問題となっている、ある種の排外主義。一言では言えない難しい問題だとは思うのですが、それでも人種という大きなくくりによって差別されるというのは正しくはない。

今作では殺人の動機が「ある事件」の被害者といういきさつから、ポアロは殺人犯を警察には伝えず、殺人犯は罪を免れます。
「善か悪か」「白か黒か」の価値判断で生きているポアロにとっても、その価値観を揺るがすような事件でした。

しかし、ポアロは最終的には罪を許しています。逆にこの時代は罪なき人々が立場の弱さだったり、人種によって有罪にされてしまうような時代だということも劇中で語られていますが。ポアロの行動はそれとは対照的です。

「物事をありのままに公平に見ることができる」

冒頭のポアロが自らを語ったセリフです。




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