『フェンス』は2016年にアメリカで公開されたデンゼル・ワシントン監督・主演のドラマ映画です。
原作はオーガスト・ウィルソンの同名の戯曲『Fences』。
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「フェンス」のスタッフ・キャスト
監督
デンゼル・ワシントン
脚本
オーガスト・ウィルソン
原作
オーガスト・ウィルソン
『Fences』
製作
トッド・ブラック
スコット・ルーディン
デンゼル・ワシントン
出演者
デンゼル・ワシントン
ヴィオラ・デイヴィス
「フェンス」のあらすじ
感想・レビュー
アカデミー賞作品でも劇場公開されない理由
オスカー受賞俳優が監督・主演し、かつアカデミー賞にも複数部門に受賞・ノミネートを果たしているにも関わらず、日本で劇場公開されない。
そんなことが34年ぶりに起こりました。
それが今作『フェンス』。監督・主演はデンゼル・ワシントン。
アカデミー賞主要5部門のひとつ、作品賞など4部門にノミネート、また助演女優賞の受賞も果たしています。
なのになぜ公開されなかったのか。
それはフェンスのもつ題材が日本人にはとっつきにくいものだったからでしょう。
一言で言えば、「地味」で、かつ興味をひきやすい有名な事件に根差しているだとか、そういうことでもない。
映画も商品でありビジネス。利益の見込めそうにない作品は敬遠してしまうのもわかります。しかし映画は芸術でもあります。敬遠してしまう作品のなかに秀作、良作が転がっていることもままあります。
『フェンス』は果たしてどちらでしょうか。
セールスマンの死
個人的には『フェンス』を観ていて、『セールスマンの死』という戯曲を思い出しました。
セールスマンの死は戦後間もない1947年に初上演され、そこには戦後のアメリカにおいて顕在化してきていた親子の断絶、などの問題を描き出していました。
主人公のウィリー・ローマンは昔ながらのセールスマン。彼は額に汗して働き、二人の子供を育て上げました。
彼の誇りは無学でありながらも一人前になり、地域の人に尊敬されていること。
しかし、時代の流れか、ウィリーの顧客は減っていきます。またウィリーは子供たちにも「勉強なんて必要ない、学がなくても父さんはここまで立派になった」と学問を否定して育ててきました。
しかし、子供たちは定職にもつかず、ウィリーの信じていたことは既に時代遅れになっていました。
またウィリー自身も、自身の浮気がバレたことでそれまで築いてきた『尊敬される父親』の仮面が壊れ始めてきます。
息子の原因は父への幻滅にありました。
そして職もなくしたウィリーは家族にせめてものお金を残すために自動車事故を装って自殺してしまうのです。
中流家庭の崩壊を描いたこの作品、『フェンス』とも共通するところが散見されます。
今作の舞台は1957年。主人公のトロイはニグロリーグ(黒人だけの野球リーグ)で活躍した元野球選手。
圧倒的な成績を残しながらも、年齢のせいもありメジャーリーグには行けませんでしたが、トロイ本人はそれを受け入れず、黒人に対する人種差別ゆえと固く信じています。
トロイは言います。「ジャッキー・ロビンソンより俺の方が成績はよかった、あいつがメジャーに行けたのは白人にとって都合がよかったからだ」
ジャッキー・ロビンソン
ジャッキー・ロビンソンは黒人初のメジャーリーガー。ニグロリーグ、マイナーリーグを経て1947年にドジャースにてメジャーリーグデビュー。
2013年の映画『42 世界を変えた男』でジャッキー・ロビンソンについては詳しく描かれています。
ジャッキー・ロビンソンのメジャーリーグ挑戦については数々の脅迫や妨害がありました。
子供の一人、コーリーはフットボールで優秀な成績を収め、大学からスカウトの話も出ていますが、トロイはどうせ黒人がフットボールで活躍できるわけはないと考え、コーリーにもその考えを押し付けています。コーリーは時代は変わったとトロイに言いますが、字も読めず、家にテレビもないトロイはその変化を認めようとはしません。
1957年だとしたら、アメリカでは公民権運動が高まっていた頃。多くの黒人が同じアメリカ人として白人と同等の権利を求め、立ち上がろうとしている時です。
しかしトロイは自身の経験から「黒人は白人と同等の権利を得ることはできない」という考えに囚われ、その考えが息子たちの教育の根幹にありました。
『フェンス』も元は戯曲であり、オーガスト・ウィルソンが1983年に書き上げたものです。
トロイの人物像はオーガスト自身の父親から来ているそうで、オーガストもフットボールの才能があり、奨学金をもらえるほど優秀で将来を期待される存在でしたが、父に判
このトロイの人物像は更に『セールスマンの死』のウィローとも重なります。
トロイは時代の変化についていけず、家庭内の不和を力で解決しようとする。その事で家庭に息苦しさを感じ、バーの女性のアルベルタと浮気し、妊娠させてしまう。
ウィリーも家庭外に女性を作り、その事が家庭崩壊の引き金になります。
『フェンス』が面白いのは、アルベルタの姿すら見せず、そのような出来事は裏庭での会話で明かされるのみ。
ここにはトロイに関する殆どの問題を家庭に集約させていきます。
トロイの死後、家の壁にはケネディ大統領、キング牧師の写真が飾られています。
どちらも公民権運動に対して多大な貢献をした人物。
この一瞬の場面だけでもトロイの妻はトロいと違い、黒人の権利を信じていた人物だということがあらためて強調されます。
『フェンス』の意味するもの
映画のタイトルであるフェンスの意味するものはもちろん家の庭に作られたフェンスだけではありません。
家族間の断絶、世代間の断絶、それらが50年代の変化しつつあるアメリカの中で浮き彫りになっていきます。
トロイは自分の経験から精いっぱい子供に接しようとしますが、すでにその考えは過去のものになりつつあり、逆に家族を縛り付けてしまう結果になります。
『セールスマンの死』は悲劇的な結末に終わりますが、『フェンス』は断絶を乗り越えていこうとする意志を見せてくれます。
味わい深いこの作品、劇場で観てみたかったと思う人も少なくないのではないでしょうか。