【問題作】大傑作だけど、物議を醸す映画5選

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ティファニーで朝食を

トルーマン・カポーティ原作、オードリー・ヘプバーン主演の名作映画です。

冒頭でオードリーがティファニーのショーウィンドウを前に朝食を食べるシーンはあまりに有名ですね。
この時のジバンシィがデザインした黒のドレスは「史上最も有名なドレス」とまで言われています。

この映画が物議をかもしたのはミッキー・ルーニーが演じた日系アメリカ人の登場人物、ユニオシの描写でした。
劇中での描写は出っ歯を入れ黒ぶちの眼鏡、低身長など、ステレオタイプな日本人を露悪的に演出しています。

※とはいえ、当時のアメリカではこのようなマイノリティに対する差別的表現は決してタブーではなかったことに留意する必要があります。

ミッキー・ルーニーはユニオシの描写を「監督の指示通りにコメディ感を演出した演技だった」と語るも、その後のキャリアを通して繰り返し釈明と弁明を行う必要に迫られました。

悪魔のいけにえ

1974年のトビーフーパー監督作品。テキサスを訪れた若者が人の皮のマスクをかぶった殺人鬼「レザーフェイス」とその家族に襲われる様を描いた作品です。
作品がマスターフィルムがニューヨーク近代美術館に永久保存されるなど、その芸術性が高く評価される一方で、その残酷さ、暴力描写ゆえに多くの国で上映禁止になってもいます。


時計じかけのオレンジ

1972年公開のスタンリー・キューブリック監督作品。
管理された全体主義と、その中で暴力とセックスに明け暮れる若者の無軌道さのジレンマを描いた映画です。

ニューヨーク映画批評家協会賞、ヴェネツィア国際映画祭などでの受賞もあり、その反社会的かつ個性的な作品でカルト映画の名作としても名高いです。

しかしその暴力的な内容から、本作は以下の国々で上映禁止となりました。

上映禁止国
アイルランド
シンガポール
南アフリカ共和国
韓国
イギリス

イギリスでの上映禁止

とくにスタンリー・キューブリック監督の出身国であるイギリスでの上映禁止は他ならぬ監督自身の要請だったそう。当時「時計じかけのオレンジ」に次ぐ次回作「バリー・リンドン」を撮影していたスタンリー・キューブリックのもとにキューブリックとその家族に対して殺害の脅迫状が送りつけられましたことがそのきっかけでした。脅迫状には映画の中でアレックスと仲間たちがしたのと同じようにロンドン郊外にある監督の家へ押し入ると記されていたそうです。

1999年に亡くなるまでスタンリー・キューブリック監督は、イギリスとアイルランドでの『時計じかけのオレンジ』の上映を禁止することに決めたのでした。

オリンピア

「オリンピア」は年のドイツ映画。日本では『民族の祭典』および『美の祭典』の二部作として公開されました。

公開から現在に至るまで「この作品を超えるオリンピック映画は生まれていない」と言われ、その芸術性はヴェネツィア国際映画祭で最高賞を獲得するなど高く評価されています。

日本でも戦前の観客動員記録を樹立するほどのヒットになりますが、この作品はナチス政権下のドイツでナチスの全面的な協力のもとに撮影された映画だったことから、戦後は「ナチス美化のプロパガンダ映画」と批判されました。監督のレニ・リーフェンシュタールは「ナチスの協力者」とのレッテルを張られ、そのイメージは亡くなるまで払拭できないほど大きなものでした。
なおレニ・リーフェンシュタールは2003年に101歳で生涯を終えています。
2002年、最後の作品となった『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』で100歳にして現役の映画監督として復帰しています。

リーフェンシュタールは最後まで自身がナチスと関わった事に罪や責任はないと主張した。ドキュメンタリー映画『レニ』でのインタビューでは、「一体どう考えたらいいのです?どこに私の罪が?『意志の勝利』を作ったのが残念です。あの時代に生きた事も。残念です。でもどうにもならない。決して反ユダヤ的だったことはないし、だから入党もしなかった。言って下さい、どこに私の罪が?私は原爆も落とさず、誰をも排斥しなかった…」と語っている。

100歳記念のパーティーを伝えるメディアも冷ややかな態度で臨み、戦後の学者の間でも「野心家で真実を知らなかったにしても、従順なナチスの協力者として活動し、結局他人の意見に耳を貸すことなく生涯を終えた」という意見が多い。

現在のドイツでも、リーフェンシュタールの評価は「軽率すぎる」、「政治に無関心であったとされることを考慮に入れるべき」、「政治的に無関心であったにもかかわらず、ナチスやその指導者たちを自らのキャリアのために利用した」など賛否が大きく分かれている。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB
レニ・リーフェンシュタール – Wikipedia

國民の創生

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D・W・グリフィス監督による1915年のサイレント映画。アメリカ初の長編映画でもあります。

それまでカメラは定点的に、ある視点からのみの固定されたアングルで撮影されていたことが多かったのですが、この作品はクロスカッティングやクローズアップ、フラッシュバックなどの撮影、編集技術を多用し、映画を「娯楽」の域から「芸術」の域にまで高めたと言われています。

アメリカ映画最大の恥

D・W・グリフィスはそれらの功績から「映画の父」とも称されていますが、今作『國民の創生』はKKK(クー・クラックス・クラン)を美化し、黒人を悪役として描いたことから、公開直後から上映禁止運動が巻き起こり、作品は大ヒットとなったものの、内容自体は「アメリカ映画最大の恥」とも言われています。

D・W・グリフィスが偉大であると同時に差別的な描写で批判も受けるという相反した評価を端的に示したエピソードがあります。

1953年に全米監督協会は長年にわたり映画界に功績を残した監督を称えるD・W・グリフィス賞を創設したが、『國民の創生』が人種差別的な描写であることから、「映画界の開拓者として評価するも、白人優越主義は人種差別を増長させる」と協会がグリフィスを批判。これにより1999年にグリフィス賞は廃止された。グリフィス賞にはジョン・フォード、アルフレッド・ヒッチコック、黒澤明、フランシス・フォード・コッポラなど錚々たる監督たちが受賞した。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/D%E3%83%BBW%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9
D・W・グリフィス – Wikipedia




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