『グレイテスト・ショーマン』は19世紀に活躍した興行師、P・T・バーナムの成功を描いたミュージカル映画です。
『ラ・ラ・ランド』で歌曲賞を受賞したベンジ・パセック&ジャスティン・ポールのコンビが音楽を担当しています。
ゴールデングローブ賞 映画部門 作品賞(ミュージカル・コメディ)にノミネートされるなど、評判もいいです!
そんな『グレイテスト・ショーマン』ですが実際のP・T・バーナムとは異なった部分もあるようなので裏話としてまとめてみました!
裏話1.ジェニー・リンドとの関係
『グレイテスト・ショーマン』の劇中ではジェニー・リンドからの好意を断ったバーナムに腹を立てたジェニーが、その日を境にツアーをキャンセルましたが、実際のところはそうではなかったようです。
実際はバーナムのツアー運営方針との方向性の食い違いでした。当初リンドはこのツアーを行うことで彼女が力を入れている慈善事業への大規模な寄付が可能であることに気付き、提案を受け入れましたがバーナムの容赦ないツアー運営に不満を感じ、袂を分かったとのことです。
またリンドには実際にはドイツ人の夫もいました。バーナムと別れた後も彼女は1年ほどアメリカでツアーを続け、そのキャラのほとんどを慈善団体に寄付しました。
裏話2.バーで酒を飲んでいなかった
フィリップをパートナーに誘うとき、そして全てを失ったとき、バーナムのそばにあったのはバーのお酒でした。しかしながら史実のバーナムは禁酒を呼びかける演説・講演を行っていたほどの禁酒推進派の人物だったそうです。
若い頃はお酒を飲んでい多様ですが、ある講演を聞いてからは禁酒運動に目覚め、全米中で禁酒の講演を開くまでになりました。
裏話3.やはりクズ?
劇中でも、後半までバーナムの本意が読みとれずにもやもやしますが、実在のバーナムは成功したエンターテイナーとしての顔と同時にクズの一面も持ち合わせていたようで、本当にフリークスたちを「見せ物」として扱ったり、観客をだます詐欺師のようなこともしていたそう。
映画には出てきませんが、バーナムの博物館を設立する前には黒人奴隷の女性、ジョイス・ヘスを買い取ってそのうえ「ジョージ・ワシントンの元乳母で160歳を超えている」と宣伝して全米を巡業したなどの経歴があります。
また、映画ではバーナムの博物館でショーを行い、それが初めての成功のように描かれていますが、実際はこの黒人の見世物でも成功を収めていたようです。
(当時の見世物小屋はマイノリティたちの自活の数少ない場所の一つであったことは事実ですが)
大ヒットミュージカルの『グレイテスト・ショーマン』、確かに素晴らしい映画なのですが、フィクションとして見た方が正解かもしれません。