ジブリ映画「となりのトトロ」のトリビア・裏話

『となりのトトロ』は 1988年に公開されたスタジオジブリ映画です。

公開当初は興行的には厳しい結果となりましたが、その後のテレビ放送やキャラクターグッズの好評もあり、ジブリを代表する作品の一つとなりました。

今回はそんな『となりのトトロ』からトリビア・裏話を紹介します!

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「となりのトトロ」のトリビア・裏話

トトロは「眠い」と言っている

メイが最初にトトロと出会ったとき、メイはトトロの鳴き声を聞いて、その名前を『トトロ』と名付けますが、実際は「眠い」と言っているそう。ちなみに宮崎駿監督によるとトトロはあくまでメイが付けた名前であって、この生き物に名前はそもそもないのだそうです。

キャッチコピーの変遷

本作のキャッチコピー「このへんな生きものは まだ日本にいるのです。たぶん。」を作成したのはコピーライターは糸井重里。

当初のキャッチコピーはこのへんないきものは、もう日本にはいません。たぶん。」でしたが、宮崎駿監督の意向で「このへんな生きものは まだ日本にいるのです。」に変更。

最後の「たぶん。」は糸井重里自身の強いこだわりで変更されたコピーにも付けられました。

なお、糸井重里は本作でさつきとメイのお父さん役の声優も務めています。

最初は姉妹の話ではなかった

最初はサツキとメイ二人の姉妹の話ではなく、一人の少女とトトロの話だったのだそう。

それが二人になった理由として、プロデューサーのは「同時上映作品の『火垂るの墓』の上映時間が伸びた(60分から90分)ために、その尺に合わせるために一人の少女から二人の姉妹にした」と語っていますが、実際は本作が60分の映画として企画されていた当初から二人の姉妹として設定されていました。

実際には宮崎駿監督がトトリと少女の出会いの場面を昼間と夜のバス停の2通り思いついてしまい、そのどちらもを実現させるように姉妹に変更されたという説が有力のようです。

ちなみにサツキとメイはどちらも「5月」を表す言葉が名前のもとになっています。



物語の舞台は1953年

昭和30年代とも語られることの多い本作の時代設定ですが、本当は1958年(昭和28年)なのだそうです。

宮崎駿監督は「テレビのない時代」をイメージしていたのだそう。

もののけ姫との関係

宮崎駿監督は、『もののけ姫』に登場する木霊が数百年後にトトロになるというイメージで今作を製作したそう。

物語の最後で、シシ神によって荒廃した土地に再び緑が宿っていく場面があります。

そして、再び再生した森のなかに一匹の木霊が姿を表しますが、宮崎駿監督のイメージでは、その木霊が後にトトロになる、そんな思いを抱いているそうです。

トトロの勘違い

お父さんを待っていたバス停でトトロと出会ったさつき。

スブヌレになっていたトトロに傘を差し出しますが、実はこの時、トトロは傘を雨避けの道具ではなく、雨音を楽しむ楽器と思っていたという裏話があります。

アメリカ版でのサツキとメイの声優

アメリカ版でのサツキとメイの声優はダコタ・ファニングとエル・ファニングの実の姉妹が務めています。

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