胸アツ!クイーン伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」トリビア・裏話


『ボヘミアン・ラプソディ』は2018年の伝記映画。伝説のバンド、クイーンの成功と不和、復活までのストーリーを、フロントマンのフレディ・マーキュリーを中心にドラマティックに描いています。
今回はそんな『ボヘミアン・ラプソディ』の裏話・トリビアを紹介します!

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『ボヘミアン・ラプソディ』予告編

監督のブライアン・シンガーは実は途中降板している

『ユージュアル・サスペクツ』や『X-MEN』シリーズの監督作で知られるブライアン・シンガーですが、今作ボヘミアン・ラプソディ』を三分の二撮り終えた段階で監督を解雇されています。
その後、後任にはデクスター・フレッチャーが就任し、映画の仕上げを担当しています。なんでもブライアン・シンガーの降板理由はたびたび撮影を無断で欠席したからなのだそう!
しかしながら全米監督協会(DGA)の規定において映画にクレジットされる監督は1人だけとされているため、最終的にはブライアン・シンガーが監督にクレジットされることになったそう。
そういえば予告編でもブライアン・シンガーの名前は出てこなかった気が。。。

歌唱の一部はフレディではなく、マーク・マーテルの歌声を使用している

今作でフレディ・マーキュリーを演じたのはロサンゼルス出身の俳優、ラミ・マレックでしたが、劇中の音楽は一部マレックも歌っているものの、フレディ自身のボーカルデータやマーク・マーテルの歌声を使用しているのだそうです。

マーク・マーテルとはクイーンのドラマー、ロジャーテイラー自らが結成したクイーンのトリビュートバンドのボーカリスト。オーディションによって選ばれ、YouTubeで900万件のいいね!が集まったほど、フレディ・マーキュリーに声が似ているのだそう。

シングル「ボヘミアン・ラプソディ」が26年ぶりにチャート・インした

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の人気によって、76年に発売されたクイーンのシングル、「ボヘミアン・ラプソディ」がビルボード・ホット100にチャート・インしました。

この「ボヘミアン・ラプソディ」は発売以来の三回に渡ってチャートに返り咲いています。

1回目はオリジナルのリリースの翌年の1976年、2回目は1992年に映画『ウェインズ・ワールド』に起用されたことで16年ぶりにチャートインしています。・

今回の映画『ボヘミアン・ラプソディ』効果によってシングル「ボヘミアン・ラプソディ」のチャートへの返り咲きは以来実に26年ぶりのこと。



フレディが自身のHIV感染を知ったのはライブエイドの前ではない


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映画ではライブエイドでの公園の前にフレディがブライアン・メイらバンドメンバーに自身のHIV感染を告白しる場面があります。

しかし、フレディ・マーキュリーが自身のHIV感染を知ったのはライブエイドから数年たった87年頃と言われています。

映画のなかではライブエイドの直前にジムと再会し、恋人関係になりますが、実際は1983年にジムと出会い、恋人関係になります。

史実ではジムもまたHIVに羅患し、2010年に命を落とします。

おそらくジムのHIVはフレディから知らずにうつされたものだとされていますが、もしライブエイド前にHIVだと知っていたのなら、フレディはジムに感染させないように最大限注意したことでしょう。

映画では病に負けず、世紀の大舞台に向けて練習するフレディを映すことで彼らのドラマティックさを最大限に表現したかったのでしょう。


フレディ・マーキュリーと私

クイーンは解散状態ではなかった

映画の中ではフレディのソロ活動開始をきっかけにバンドは休業状態、何年もライブを行っていないかのような描写がありましたが、彼らは実際には1984年にアルバム『ザ・ワークス』をリリースしていたり、またライヴエイドの2か月前までワールドツアーを行っており、何年もライブを行っていないと言うことはありませんでした。

とはいえ「1985年7月13日のライヴエイド出演がなければ、そのまま、本当に解散していたかもしれない」とのメンバーの発言もあるように、個々のソロ活動が活発化するにつれてバンド仲が険悪なものになっていったことは事実であるようです。

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