『グラントリノ』とは2009年に公開されたクリント・イーストウッド監督・主演のアメリカ映画です。
主人公は朝鮮戦争の退役軍人でもあり、かつてフォードで働いていたポーランド移民のウォルター・コワルスキー。
頑固な性格ゆえに孤独な人生を送る彼の元にタオという少年が現れたことから彼の人生は変わっていきます。
タイトルの由来はウォルター・コワルスキーがこよなく愛するフォードの車「グラン・トリノ」から採られています。
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「グラン・トリノ」のスタッフ・キャスト
監督
クリント・イーストウッド
脚本
ニック・シェンク
原案
デヴィッド・ジョハンソン
ニック・シェンク
製作
クリント・イーストウッド
ビル・ガーバー
ロバート・ロレンツ
製作総指揮
ジェネット・カーン
ティム・ムーア
アダム・リッチマン
出演者
クリント・イーストウッド
感想・レビュー
クリント・イーストウッド監督作の中でも名作だと聞いていたので観てみました。
クリント・イーストウッドが演じるウォルター・コワルスキーは朝鮮戦争の退役軍人で元フォードの工員でもありました。
彼の家族は、彼を半ば変人扱いしており、彼自身も家族には反感を抱いています。
そんな彼の宝物はフォードの「グラン・トリノ」。
『グラン・トリノ』のバックグラウンド
ポーランドからの移民の親を持つ移民2世であったウォルターですが、彼の家は常に星条旗が掲げられており、長男の日本車(おそらくトヨタのセールスマン)を嘆いています。
なぜ移民がここまで熱烈な愛国者になれるのか。
ここでは『グラン・トリノ』を一層深く知るように、そのバックグラウンドから見ていきたいと思います。
今作の脚本を勤めたニック・シェンクは自分自身の体験からの物語を着想しました。ニック・シェンクもフォードで働いており、その頃家の近所には朝鮮戦争からの退役軍人が住んでいたそうです。
彼らは同じ地域に住むアジアからの移民をバカにしていたといいます。そんな風景を見ながら、ニック・シェンクは彼ら退役軍人とアジアの人々が心を通わせるそんな理想を『グラントリノ』に込めたのでしょう。
主人公のウォルター・コワルスキーですが、劇中ではっきりと年齢は言及されていません。
クリント・イーウッド本人と同い年だとすると78歳辺りなのですが、だとすると20代で朝鮮戦争に従軍したことになります。
フーリッシュ・ポーリッシュ
ウォルターはポーランドからの移民の2世。
戦前のポーランドは政情が不安定であり、20世紀初頭には多くのポーランド人がアメリカへ渡っています。
しかし、アメリカではポーランド人の移民は「英語の話せない白人」「フーリッシュ・ポーリッシュ」と呼ばれ、差別の対象になります。
『グラントリノ』の作品の中でもウォルターがポーランドの出自をからかわれるシーンが存在します。
そんなウォルターにとってアメリカ人として尊敬されるための近道は軍隊に入り戦功を挙げることだったに違いありません。
軍隊ならば例えエリートではなく、勉学ができなくても成果次第で彼らより昇進することが可能だったからです。
事実ウォルターの地下室には戦争で得た勲章が収められています。
そして、経済的なアメリカン・ドリームを得る方法も当時はとてもシンプルでした。
アメリカン・ドリーム
それはフォードに勤めること。
フォードに勤めれば車を持つことができ、家まで建てることができました。
その秘密は当時のフォードの経営にありました。
マーケティングの教科書にはほぼ必ず出るといっていい、フォードの生産法式。それは複雑な行程を必要とせずに、誰でも作業できるような工程に仕事をしたことと、会社の利益をできるだけ従業員に還元するようにしたことです。
フォードがその生産法式にしたのが年代。
デトロイトの繁栄と没落
ウォルターの人生の黄金期はそのままアメリカの黄金期と重なります。
しかし、『グラン・トリノ』の時代にあってはウォルターの住むデトロイトはもはやかつての活気はなく、ギャングが横行して治安も決してよくはありません。それでもウォルターにとって自宅とグラン・トリノは自分が成し遂げた人生の全てであり、その象徴でもあったのです。
デトロイトはアメリカの没落を象徴するような場所でもあります。
かつてはフォード社の生産拠点として、デトロイトの約半数がフォードにか関わり、モータータウンとして発展していきました。
しかし、デトロイト暴動や日本車の台頭により、デトロイトからは白人が流出。
治安の悪化ともにデトロイトには犯罪都市というイメージがまとわりつくようになります。
犯罪都市としてのデトロイトを映画に転写して見せたのはポール・ヴァーホーヴェン監督の『ロボコップ』。同作では激化する犯罪にもはや警察では対応できなくなった、ディストピア的な未来都市が描かれます。
実際のデトロイトもインフラが崩壊し、
ウォルターはそんなデトロイトを離れることなく、「グラントリノ」と自分の家に執着して生きています。
前述のように、デトロイトの没落の裏には日本車の台頭がありました。戦後まもない頃は日本製は「粗悪品」の代名詞でしたが、高度経済成長記を経て、その品質は憧れのブランドとして名をあげられるほどメイド・イン・ジャパンは力を持つようになったのです。
このことはロバート・ゼメキス監督の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズに顕著に現れています。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の公開時は日本はバブル景気の時期でしたが、そこではマイケル・J・フォックス演じるマーティの憧れはTOYOTAのであったり、また同シリーズの『PART3』ではマーティは50年代にタイムスリップし、若いころのドクと出会いますが、若いころのドクの時代こそ、日本製が「粗悪品」の代名詞だった時代なのでした。
「安物を使うからだ。見ろ、Made in Japanと書いてある。」
「ドク、最高の製品はみんな日本製だよ」
このセリフが50年代と80年代で日本製のブランドイメージがどう変わったかを如実に表しています。
クリント・イーストウッドと戦争
ウォルターが家族にさえ心を閉ざしているのは戦争で負った傷が原因でした。
『アメリカン・スナイバー』でも英雄と呼ばれる一方でPTSDに苦しむ実在の軍人を描いています。
個人的にはクリント・イーストウッドは非常に冷静な視点で持って戦争に向き合っていると感じさせます。
その最たるものが硫黄島の戦いを日米双方の視点から描いて見せた『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』でしょう。
今作では朝鮮戦争からの退役軍人という役でもってウォルターにこのような台詞を語らせます。
「”人を殺してどう感じるか?”この世で最悪の気分だ。それで勲章など、もっと悪い」
劇中でウォルターは何度も銃を不良たちに突きつけます。しかし恐らくどんな状況になっていたとしてももはや引き金は引けなかったでしょう。