【レビュー】ランボー3/怒りのアフガン

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1990年度のギネスブックに「最も暴力的な映画」として掲載された本作。

また主演のスタローンもラジー賞に選出されるなど、評価は高いとは言えない作品ですが、今観ることに意味がある映画だとも思います。もっと再評価されてもいいのでは?

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「ランボー3/怒りのアフガン」のスタッフ・キャスト

監督
ピーター・マクドナルド

脚本
シルヴェスター・スタローン
シェルドン・レティック

原作
デヴィッド・マレル

製作
バズ・フェイシャンズ

製作総指揮
マリオ・カサール
アンドリュー・G・ヴァイナ

出演者
シルヴェスター・スタローン
リチャード・クレンナ

「ランボー3/怒りのアフガン」のあらすじ

感想・レビュー

ランボー史上、一番の問題作ではないかと思います。

ランボー映画の在り方が確立

今作から地球上の戦争・紛争地域でランボーが超人的な活躍をするという、今日のランボー映画の在り方が確立したことが1つ。

(「ランボー/最後の戦場」ではミャンマーからの独立闘争、そして現在制作中の「ランボー5」ではメキシコの麻薬カルテルが取り上げられています。)

冷戦中のアメリカと中東

そして、この映画を観ると、冷戦中、アメリカが中東をどう見ていたかがとてもわかりやすいんですね。

9.11以降、アメリカの仮想敵となったのはイラクやアフガニスタンをはじめとした中東の独裁国家でした。

しかし、冷戦中のアメリカの仮想敵はずっとソ連でした。

この「ランボー3/怒りのアフガン」は「ソ連のアフガニスタン侵攻」を題材にしています。

アフガニスタンの反政府ゲリラ側とソ連の戦争が続く中でランボーの元上官、トラウトマン大佐がソ連に捕らえられてしまいます。

それをアフガニスタンの助けを得ながらランボーが救出しにいくストーリーなのですが、当時、実際にアメリカもCIAを通じてアフガニスタン側に武器提供などの援助や支援を行っていました。

そして提供される側には、後にタリバンの最高指導者ウサマ・ビン=ラディンも含まれていました。

アフガニスタンで1978年にアフガニスタン人民民主党による共産政権が成立すると、各地で組織された反政府ゲリラが蜂起した。彼らは自分たちの闘争をアフガニスタンのイスラームを防衛するジハードと位置付け、自らムジャーヒディーンと名乗った。代表的な組織にはブルハーヌッディーン・ラッバーニーが組織し、アフマド・シャー・マスードが軍事的に率いた「イスラーム協会」や、グルブッディーン・ヘクマティヤールが率いる「ヒズビ・イスラーミー(イスラーム党)」などがある。

1979年にソ連軍が軍事介入すると、ムジャーヒディーンはこれにも対抗した。彼らはパキスタン軍統合情報局などからの支援を受け、ソ連軍に激しく抵抗した。アフガニスタンのムジャーヒディーンには、アフガニスタンのみならずイスラム世界の各地から志願兵として若者が集まってきたが、その中心人物がアブドゥッラー・アッザームで、ウサーマ・ビン=ラーディンもその志願兵の1人だったということが知られている。

アメリカもCIAを通じてこのようなゲリラ組織に武器や装備を提供していた(サイクロン作戦)。アフガニスタンのムジャーヒディーンには中国から援助された共産主義者もおり、アフガニスタン・ムジャーヒディーン自由の戦士戦線などが知られている。ソ連軍の撤退以降、ムジャーヒディーン各派はアフガニスタンでの主導権をめぐり対立、軍閥化していった。後にパキスタン軍統合情報局が支援するターリバーンが台頭すると、ムジャーヒディーンの諸派は連合し北部同盟としてこれに対抗した。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3
ムジャーヒディーン – Wikipedia

闇の部分

アフリカで少年兵をマインド・コントロール(洗脳)する際にこの映画が使われたという逸話があります。

とても残念なことです。

確かにランボーの「無敵感」は圧倒的です。もともとの超優秀な軍人であるという設定に加え、例えば敵だけ被弾し、敵の弾はなぜかランボーたちにはほとんど当たらないといった演出もその無敵感を助長させているように思います。

ただ、本来ランボーは戦闘が好きではないこと、そして、今回も元上官であり、友人のトラウトマン大佐の危機を救うために、やむを得ず戦場へ向かうなどの優しさと篤い友情は特筆するべきでしょう。

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