【ネタバレ レビュー】白い肌の異常な夜

「白い肌の異常な夜」は1971年に公開されたドン・シーゲル監督、クリント・イーストウッド主演のサスペンス映画です。

ちなみに日本で最初にTV放映されたときのタイトルは「セックスパニック 白い肌の異常な夜」

・・・。

B級エロ映画みたいなタイトルでしたが、サスペンス映画として、結構面白い作品に仕上がっていると感じます。

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「白い肌の異常な夜」のスタッフ・キャスト

監督
ドン・シーゲル

脚本
ジョン・B・シェリー
グライムス・グライス

原作
トーマス・カリナン
製作
ドン・シーゲル

出演者
クリント・イーストウッド

「白い肌の異常な夜」のあらすじ

時代は南北戦争の末期、南部のとある森の中で深い傷を負い、友軍とも逸れてしまった北軍の兵士ジョン・マクバニーは、意識を失う間際に民間人の女たちに助け出される。彼女たちは森の中で自給自足の暮らしを営みつつ戦火を逃れていた女学院の教師や生徒たちであった。マクバニーはそこで手厚い看病を受けるが、やがてその傷も癒えたころ男子禁制の女の園の中に紛れ込んだ敵軍の兵士である彼を巡り、女たちの葛藤に火がついていく。男を恐れ、疑いながらも、次第に惹かれていく女達。女たちの魅力に囚われ、その嫉妬や憎悪に翻弄されたマクバニーは単独で脱出を試みる。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E3%81%84%E8%82%8C%E3%81%AE%E7%95%B0%E5%B8%B8%E3%81%AA%E5%A4%9C
白い肌の異常な夜 – Wikipedia

感想・レビュー

『ダーティ・ハリー』の影

この映画「白い肌の異常な夜」が公開された1971年、監督のドン・シーゲルとクリント・イーストウッドのコンビはもう一つの映画を世に送り出しました。

それがイーストウッドの代表作、『ダーティ・ハリー』です。

『ダーティ・ハリー』はクリント・イーストウッドにスターとしての確固たる地位を確立させた人気シリーズになっていきます。

イーストウッドのタフで頼りがいのある男というイメージも、『ダーティ・ハリー』の影響が大きいのではないでしょうか。

前置きが長くなりました。

さて、そんな『ダーティ・ハリー』がドン・シーゲルとイーストウッドのコンビの映画の表だとしたら、今作『白い肌の異常な夜』は影とも呼べる作品だと思います。




『白い肌の異常な夜』のストーリー

実際の南北戦争の写真から始まるオープニングの強烈さ。クリント・イーストウッド演じるジョン・マクバニーは後にアメリカ合衆国大統領となるエイブラハム・リンカーンが率いる南部の側の兵士です。

マクバニーは重傷を負い、動けずにいたところを近くの女学校の生徒に助けられます。

学園の女性たちにとってマクバニーは敵側の兵士。

警戒心から学園長のマーサ・ファーンズワースはマクバニーの部屋に鍵をかけ、監禁状態にします。

しかし、女性だけの環境に突然現れた男性の存在は彼女たちを次第に惑わせていきます。

善と悪が混ざり合う魅力

この映画の面白いところは善と悪が混沌と混ざりあっているところ。

前述したように、南軍を率いるリンカーンは奴隷解放の父とも言われ、今の私たちから見ると「正義」の側のようにも見えますが、その兵士であるマクバニーの語る身の上は同情を引くための嘘にまみれています。

倫理観に従い、敵である南軍の負傷した兵士を助けた時に銃撃され負傷したと語るマクバニーですが、実際は逆で、負傷した南軍を助けに来た兵士を狙撃したのがマクバニーなのです。

この1エピソードからも、マクバニーが善人ではないことが伺えます。

しかし、マクバニーはうまく善人を演じながら、学園の女性たちを翻弄し、誘惑していきます。

それは教師のエドウィナ、早熟な生徒のキャロル、そして学園長のマーサまでもマクバニーに惹かれ、マーサは夜にマクバニーの部屋の鍵を外します。

寝室でマクバニーを待ちながら、マーサはマクバニーとの情事を妄想します。

そこにはマーサの他にもう一人、エドウィナが加わっていました。

そして、その情事の様子は壁の絵画の構図とぴったり重なります。

『聖人たちのキリストの哀悼』

その絵画は、ボッティチェリの絵画『聖人たちのキリストの哀悼』。

この絵はキリストが棺から出されたところを描いています。

キリストに哀悼のキスをしているのは女性のみ。

男性は目を伏せ、蚊帳の外にでもいるようです。

キリストは今でこそ聖人ですが、当時のユダヤ教徒からしたら排除されるべき「異端」であり、罪人。

キリストになぞらえて映し出されるマクバニーの姿は彼がこの絵のように女性たちに求められる存在であることを示しています。キリストは弾圧されて、罪人のレッテルを張られましたが、マクバニーの中には確かに「悪」の部分を感じ取れます。

果たしてマクバニーが選んだのは若くて小悪魔的な魅力を持つキャロルでした。

しかし、キャロルとの情事をエドウィナに目撃され、階段から突き落とされます。



切断シーンの描写

足を負傷したマクバニーは、意識を朦朧とさせられたまま、マーサを中心とする恐ろしい報復を受けることになります。

それは『片足の切断』。この切断シーンの描写は生々しく、一切の切断部分を見せないのですが、それでもトラウマになりそうなくらい、その痛みや残酷さが伝わってきます。

これに比肩するのは「127時間」の腕切断の場面でしょうか。「127時間」ではそのシーンの途中、数名の観客が気を失ったり発作を起こしたという逸話があります。

それほどまでに強烈なシーンなのですが、『白い肌の異常な夜』の切断シーンもそれに負けず劣らず、痛みや緊張感がこれほどかと伝わってきます。

女性たちの悪

先ほど、この映画の魅力は善と悪が混沌と混ざりあっているところだと述べました。

このシーンではマクバニーではなく、女性たちが悪魔的な恐ろしい存在に見えてきます。

一方、目を覚まし、報復の事実を知ったマクバニーはその本性を剥き出しにします。

ここから観ている側としてはもうどちらに感情移入するべきなのか、わからなくなります。

それがこの映画のサスペンス的な面白さにも繋がっています。

銃を手に学園を支配しようとするマクバニーと、そんな彼に恐怖しつつも、更なる残酷な一手を打とうとする学園の女性たち。それを感じさせることのない表向きの会話で、登場人物の言葉をどこまで信用して良いのか、この映画は観客をも翻弄していきます。

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