【考察】『アメリカン・ヒストリーX』人種差別や右傾化は他人事ではない

アメリカン・ヒストリーX

『アメリカン・ヒストリーX』はネオナチをテーマにした作品です。
1998年の作品ですが20年前の作品にもかかわらず、そのメッセージ性は今のこの時代だからこそ、より重要に感じられることでしょう。

ネオナチとは?

おそらく日本ではネオナチ自体を知らない人も多いのではないでしょうか。
ドイツがかつてファシズムの国家、ナチス・ドイツであったことはほとんどの方が知っていると思います。そして、現在のドイツでナチスを礼賛するものは法律で禁じられていることも大体の方が知ってるかと思います。
ネオナチはいわばナチスを信奉する右派グループの総称です。
ネオナチとされるグループはドイツにとどまらず、世界的にその広がりを見せています。

今回、考察する映画はそんなネオナチを題材にした、『アメリカン・ヒストリーX』です。

アメリカの根強い差別

自由と平等を標榜するアメリカですが、その実態は未だに差別が根強く残っていることはもはや世界が知ることとなりました。
一例としては黒人差別。最近では第88回アカデミー賞の演技部門には白人しかノミネートされていないという出来事がありました。

また、映画のなかではロドニー・キング殴打事件の判決をめぐっての議論が交わされます。黒人のロドニー・キングに対して過度な暴行を加えた白人警官が、裁判の末無罪になるんですね。
その結果に不満を持った人々が1992年に暴動を起こすのです(ロサンゼルス暴動)。

『アメリカン・ヒストリーX』でもデレクのセリフにあったように、移民や有色人種がそれまでの白人の仕事を奪っているという捉え方をするのです。
そう考えると、移民排斥をうたったトランプが大統領に選出されたのも納得できます。彼はハリウッドやエンターテイメントの世界のセレブリティやメディアからどれだけ非難されようと、白人貧困層からの支持を集めることに成功したのです。

そして、それこそがアメリカの今の一面の真実なのでした。

人々は指導者に何を求めるのか

トランプ大統領のように、考え方、言動に偏りや過ちがあったとしても、それらをはねのけてリーダーに選出されるケースガあります。
その極端な例がドイツ。以下はすごく興味深い例なので紹介します。

ドイツで製作された『帰ってきたヒトラー』という映画があります。内容としてはヒトラーが現代に甦ったら?というブラック ・コメディの部類なのですが、突如町中に現れるヒトラーの姿に人々は熱狂します。

劇中突然現れたヒトラーに共感する人があれだけ多いのは驚きの光景。
もちろん罵る人もいるはいるのですが、多くの人がヒトラーの登場に熱狂しているのです。
実はこのシーンは完全にアドリブのロケ撮影。熱狂は実際の市民の本当の熱狂なのです。
また実際は襲われることも考えてこのシーンの撮影時、ヒトラー役の俳優にはボディガードも配置していたみたいですが、実際はそのようなことはほとんどなかったそうです。

ちなみに有名な人種差別主義グループにはKKKもあります。頭から白いシーツみたいなものを被った集団、なんとなくイメージつきますかね?
こちらも白人至上主義グループです。一時は勢力を伸ばすも、いまは非合法の団体とされています。ただ、『バッドボーイズ:2バッド』を観ればわかるように、取り締まりの対象となりながらも、未だに非合法に活動が続けられています。

同様に法律で禁じられているにもかかわらず、現在に至るまでそのシンパグループが活動をしています
しかし、彼らの言うような有色人種が犯罪やトラブルの温床ではなく、また歴史を振り返ると白人の歴史も暴力とは不可分の歴史であることがわかります。

白人による侵略の歴史

コロンブスのアメリカ大陸発見に端を発したアメリカへの進出ですが、当時アメリカに入植した人々は先住民を迫害し、開拓を進めることを「明白なる天命(マニフェスト・ディスティニー)」として強固に推し進めました。

オーストラリアは当初、囚人たちの流刑地として白人が送られてきました。かれらはスポーツ・ハンティングとしてアボリジニを虐殺し、中には絶滅した部族さえいます。
こうしてみると、当然ですが人種によって天使か悪魔か分かれるというのは全くのフィクションであることがわかるかと思います。

デレクの変化と真実

デレクはネオナチのリーダー格となりますが、ある夜、車泥棒をしていた黒人を射殺したことから三年間刑務所に服役することになります。
その間、弟のダニーは兄への情景もあってますます右傾化していきますが、三年後出所してきた兄は、それまでの思想を捨て、まっとうな人間として帰って来ました。

なぜデレクは変わったのか?

当初、狂信的な白人至上主義者だったデレクは刑務所の中で同じ白人至上主義者たちのグループに身を寄せますが、1年ほどたった頃、そこは自分の理想とするものではないことにきづき、距離を置くようになりました。そして、そのグループは看守を買収し、シャワー室でデレクをレイプします。
それまで人種というくくりで人を判断していたデレクですが、そんな彼に親しげに話しかけていたのは同じ仕事を行う黒人の受刑者ラモントだけでした。

1年ほどたってようやく彼とも言葉を交わし出したデレク。黒人の彼はテレビを盗んだことと、それを誤って白人警官の足に落としてしまったことを「テレビを投げつけた」と判断され、デレクの倍の刑期の6年の懲役を強いられていました。

「本当は投げたんだろ?」と返すデレクの言葉を強く否定するラモント。
その表情はとても嘘をついているようには思えません。
デレクは人種が人を判断する物差しにはなり得ないことを思い知らされるのです。
面会に来たかつての恩師、スウィーニー校長はデレクにこう問いかけます。

「怒りは、君を幸せにしたか?」

そして、怒りに任せて行動してきたことで自分も家族も不幸にしていることに気づかされます。

そのことを弟のダニーに伝えます。

ダニーが兄について書いたレポート「アメリカン・ヒストリーX」は次の言葉で締めくくられていました。

「我々は敵ではなく友人である

敵になるな

激情におぼれて愛情の絆を断ち切るな

仲良き時代の記憶を手繰り寄せれば

良き友になれる日は再び巡ってくる」

私達は果たしてこの言葉に寄り添った生き方・考え方をしているでしょうか。

映画『アメリカン・ヒストリーX』はそういう意味でも、多くの人に観てほしい映画です。

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