個人的には星のありかを示したのは、人類を試すためだったのではないかと考えています。
星新一のショートショートでこんな話がありました。
宇宙人がおいていった何層にもなる包装に覆われた物体。
最初は叩けばすぐに壊れた。その次に現れた層は火で焼かねば壊れない。その次に現れた層は特殊なガスでないと壊れない。。。そんな風に深い層になればなるほど、高度な科学技術を要求されるも、人類側の興味は尽きない。
そして核兵器を用いて最後の層を破壊すると、中から毒ガスが出てきて人類は死滅する。
実はその物体は人類の科学技術を試すためのもので、核兵器まで開発したことが判明すると、人類を脅威と見なして殺害するようにできていたのだった・・・というお話。
同じように恒星間飛行が可能になった人類は興味からそれと知らずに『死の星』へ向かってしまったことで人類もまた脅威とみなされ『実験台』として殺されてしまう、『プロメテウス』をそう読み解くこともできるはずです。
アンドロイドのデヴィッド
もうひとつ火に相当するものはアンドロイドのデヴィッド。
神の定義を『万物を創造したもの』とすると、人類もまた機械ではありますが、新しい生物に近いものを作ってしまったと考えられます。
リドリー・スコットはインタビューの中で『プロメテウス』には『ブレードランナー』と同じ哲学的な内容があると発言していました。
『ブレードランナー』でのその問いかけは人とアンドロイドの違いは何か、ということでした。『ブレードランナー』においてはそれは『感情』がキーワード。
『ブレードランナー』では劇中アンドロイドのことをレプリカントと呼称するので、以下レプリカントとしますね。
『ブレードランナー』では、レプリカントにも感情があり、恐れやまた哀れみの心を持つことが示されています。
雨のなかで静かに死を迎えるレプリカントのロイを見ながら、彼らを捕らえる役割の主人公、デッカードは戸惑います。
『レプリカントが我々と同様に美しいものを愛し、恐れや哀しみを理解するのなら、人間とレプリカントの違いは何だ』と。
『ブレードランナー』が問いかけた人間とアンドロイドの違いについて、『プロメテウス』では別の角度から模索しているように思います。
例えばそれは倫理と能力ではないでしょうか。
地球の歴史の大部分は単細胞生物の歴史でした。多細胞生物の歴史はその半分にも満たず、まして人間のように理性と倫理を持ち、技術を生み出せるような生物の登場は天文学的な確率だったことでしょう。
しかし、人間が産み出した擬似生命体のアンドロイドは創造主である人間を遥かに凌駕する能力を有しています。
いわゆる、シンギュラリティ、トランセンデンスですね。
この記事のコンテンツの目次を見る
人間以上の能力を得た存在
続編の『エイリアン・コヴェナント』ではデヴィッドはエンジニアの惑星でエンジニアを絶滅させましたが、もしかしたら人間を凌駕する存在が現れたとき、それは自分達の脅威を越えて敵になることをエンジニアは想定していたのではないかとも思います。だからこそ、惑星にいたエンジニアは目覚めた瞬間、デヴィッドと彼を作り上げた『父』どもあるウェイランドを殺害したのでしょう。
結果論ではありますが、デヴィッドがその後エンジニアに成り代わり、彼らを越える『神』になろうとしたことは『エイリアン・コヴェナント』で明かされています。
今回はここまで。
『エイリアンよりAIについての方が興味がある』と発言していたリドリー・スコット。では『プロメテウス』の中でエイリアンは何を意味し、どういう存在で、なぜ生まれたのか、次回はここを考察していきたいと思います。