【考察】人種を超えた愛の物語「ムーンライト」の魅力とは何か

「全ての黒人はスターだ」・・・そんな歌から始まる『ムーンライト』は黒人の黒人による映画でした。

黒人のゲイの少年という、非常にマイノリティな主人公を描いたこの作品の普遍性は、黒人にとどまらず、2016年の映画界を席巻したのです。

前年の「白人ばかりのアカデミー賞」と呼ばれた状況を覆す魅力が、この映画には込められています。

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『月明かりの夜、黒人の少年の肌は青色に見える』

『月明かりの夜、黒人の少年の肌は青色に見える』

『ムーンライト』の原案となったタレル・マクレイニーの戯曲の題です。

この原案はマクレイニーの自伝とも言うべき作品でした。

『ムーンライト』のシャロン同様、マクレイニーの母親もドラッグに溺れ、マクレイニー自身はブルーという名のドラッグの売人に育てられました。

しかし、そのブルーがマクレイニーの母親にドラッグを売りさばいていたのです。

また、マクレイニーもシャロン同様ゲイでありました。

マクレイニーがシャロンと違っていたのは、マクレイニーは、しかし、一歩間違えればシャロンのようにドラッグの売人になっていたかもしれない。

『月明かりの夜、黒人の少年の肌は青色に見える』はマクレイニー自身のもうひとつだの人生だと言えるでしょう。

そしてその戯曲はバリー・ジェンキンスの手に渡り、『ムーンライト』として、2016年の映画界を席巻することになるのです。


バリー・ジェンキンスとシャロンの共通点

『ムーンライト』の監督、バリー・ジェンキンスにとってもシャロンは他人とは思えないキャラクターだったのではないでしょうか。

当初はシャロンのゲイというキャラクターに馴染めず、バリーは監督を断っていますが、実はバリーとマクレイニーとは同じ地区で育って、学年も一歳違い、またバリーの母親もドラッグ中毒だったなど、多くの人生のバックグラウンドが共通していることかわかります。

さて、『ムーンライト』の主人公のシャロン。彼は女の子のような歩き方から周りの子供たちに苛められていました。

ムーンライトでは、出演俳優のほとんどが黒人です。『迫害する白人VS善良な黒人』というステレオタイプな構図ではなく、黒人の中でも苛めや差別があることを『ムーンライト』は示しています。

それはマクレイニーにとってはリアルな現実でもありました。

映画に戻りましょう。

映画『ムーンライト』

母親のポーラはドラッグに溺れており、シャロンは育児放棄に近い状態でした。

そんなシャロンの孤独を癒してくれたのは、ドラッグ・ディーラーのフアンでした。シャロンはフアンから様々なことを教わります。その一つが泳ぎ。

余談ですが、黒人地区の学校にはプールがないことも多く、彼らは泳ぎ方を知らないことも多いそうで、水死率は黒人が最も高いそうです。

フアンはシャロンに泳ぎを教えるために海へつれていきます。シャロンを抱き抱え、水の中へゆっくり沈めている様はまるでキリスト教の洗礼のように見えます。

キリスト教では洗礼をすることによって、それまでの罪はすべて許されるとされています。

フアンはこの時、シャロンのすべてを受け入れようと心に決めたのかもしれません。

この時にフアンがいう言葉。

「自分の道は自分で決めろよ、周りに決めさせるな」

大人になったシャロンはフアン同様、ドラッグ・ディーラーとして働きます。

高級車にはフアンと同様の王冠のオブジェをダッシュボードに置き、筋骨粒々の男へと変貌しています。

そんなシャロンのもとへ、ケヴィンから電話がかかってきます。

ケヴィンは高校以来のシャロンの風貌、そして何よりドラッグ・ディーラーという職業に動揺を隠せません。

『おまえが?それは絶対に無い』と。

幼い頃からドラッグ中毒の母親の元で苦労したシャロンが、そんな人間を再生産するような職業に就いていたのはケヴィンにとって信じたくないことでした。

シャロンは刑務所のなかでこの道に誘われ、そしてのしあがったと言います。

しかし、その瞳は「自分の人生を守るにはこうする他なかった」と訴えかけるように哀しげな表情なのです。


シャロンの孤独

同じようにゲイの男性の孤独を描いた作品が、世界的デザイナー、トム・フォードが監督を努めた『シングルマン』です。主演はコリン・ファース。彼は恋人を亡くした後、自らも死を選ぼうとします。なお、監督のトム・フォードは自分自身がゲイであることをオープンにしています。

シャロンにとっては、フアンも亡くなり、またケヴィンとも別れて、また孤独な環境に逆戻り。ケヴィンはそんな過去をどうしても消し去って生まれ変わりたかったのでしょう。筋肉質に鍛え上げた肉体、それまでのシャロンとは似ても似つかぬ男らしさ。苛められた過去、またゲイであることはシャロン自身にとっても嫌悪すべきことであり、トラウマでもあったのでしょう。

フアンの言葉が思い出されます。シャロンは無意識のうちにフアンへの憧れもあったのでしょうか。ステレオタイプなドラッグ・ディーラー、オトコらしさへの呪縛。

いじめられていた日々を忘れ、生まれ変わるかのように真逆の人生に足を踏み込んでいたシャロン。しかし、その生き方は本当に自分らしいものでしょうか。

会わなかった日々に起きたあれこれをシャロンに話すケヴィン。

一方、シャロンはあの夜以来、誰も自分に触れていないと打ち明けます。

そこでケヴィンは今までのシャロンの人生を理解したのではないでしょうか。

その夜、ケヴィンはシャロンの肩を抱いて眠ります。まるで、青年時代の月明かりの夜にキスを交わした時のように。

ラストシーンでは夜の海辺、月明かりに青く照らされた子供時代のシャロンの姿が映し出されます。

青という色

『月明かりの夜、黒人の少年の肌は青色に見える』

監督のバリー・ジェンキンスは、この作品における青という色について、こうのべています。

「戯曲の中で“夜”は、シャロンが最も落ち着ける場所であり、素の自分をだせる時間として描かれていたんだ。通常、青色は“哀しみ”を表すために使われるけど、この作品の中では、メランコリックな気持ちだけでなくて、“美しさ”も同時で描かれていた。だから映画でも、シャロンが最も安らぐとき、自分らしくいられる夜を、月明かりの下で美しく描いたつもりだよ」

出典:http://cinefil.tokyo/_ct/17062815
黒人の少年は皆、ブルーに輝く―。『ムーンライト』というタイトルに隠された、美しきメッセージとは―。感動的な本編映像が、初公開!!! – シネフィル – 映画とカルチャーWebマガジン

海は全ての命の源であり、海もまた青く輝いています。

月明かりに青く照らされた子供時代のシャロンの姿。

それはシャロンが本当の自分、ありのままの自分へ帰れた象徴なのではないでしょうか?




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