感動ポルノ?なぜ主人公達は死ななくてはならないのか?

まぁよくある映画の

コピーがあるじゃないですか。感動とか、泣ける!とか。

今回はそんな『感動作』についてのお話。

あくまで個人的な考えなのでいつものことながら悪しからず。

さて、『タイタニック』『私の中のあなた』『アイ・アム・レジェンド』『アルマゲドン』ちょっと思い付いた順にいくつかあげさせてもらいましたが、主人公が最後に亡くなる、まぁいわゆる感動系の映画ですね。

もちろんいい作品ではあるのですが、観ている私たちの感情のピークは主人公が亡くなるシーンではないでしょうか。

これは凄くデリケートなことかもしれませんが、逆に考えると『人が死ぬ=感動』の図式に僕たちは囚われているのではないか?と思います。

例えば『ネバーランド』。ジョニー・デップ演じるジェームズ・バリと、ケイト・ウィンスレット演じるシルビア・デイヴィズとその子供たちのデイヴィズ一家の物語です。

こちらも最終的にはケイト・ウィンスレット亡くなっちゃうんですが、感動のピークは死ぬときではないんです。むしろ死そのものは描かれていなくて、淡々と描写される。むしろ彼女が生きていたときに、ネバーランドという極上のファンタジーの世界に足を踏み入れるシーンこそ、もっとも感動的なシーンであったと思います。

対して、『タイタニック』『私の中のあなた』『アイ・アム・レジェンド』『アルマゲドン』などの主人公が最後に亡くなる、いわゆる感動系の映画たち。

確かにその別れのシーンはそれぞれにとても良いシーンなのですが、それを安易に感動と呼んでしまうのはどうなのかなぁ?と思います。

見ようによっては、ですがなんだか『人の死』を心待ちにしているようで。。。やはりどこかそれは不健全ですよね。

例えば『ロッキー』のように倒れても倒れても、立ち上がる、そんな勇気に心動かされるのは紛れもなく「感動」だと思うんです。